絵とかなんとか色々置いておく場所です。
薄暗いゲフェンダンジョン。
その薄闇の中、まったくその雰囲気にそぐわない人影がひとつ。
生成りの着流しを少々だらしなく着崩し、両腕は袖の中。肩まで届く白髪は束ねられておらず、その隙間からのぞく切れ長の瞳は、魔性に堕ちた証の赤。姿かたちは青年だが、まとっている雰囲気がそれを否定する。
「…参ったもんだなぁ」
ため息混じりにぼやきながら歩くその青年は、本来ここには決して立ち入ることのない筈の人物。
アマツ地下神社で御神体と崇められ、今は怨霊武士として数多の冒険者達の前に立ちふさがる“魔物”、の一部。
時を少し巻き戻す。彼は、いつものように、愛おしい“刀”を抱いたまま、世界の調整のための眠りにつかされた。
それは、いつもとまったく変わらず。目覚めればいつも通り、彼を慕い追って異形に堕ちた部下達と、彼に取り憑いている怨霊、そして神社に居着かせた一反木綿に囲まれて目を覚まし、ゆっくりと寝ぼけた頭を覚まして“刀”の手入れをする。そのはずだった。
しかし目覚めたのは、檜張の床ではなく、剥き出しの土の上。
神社とはかけ離れたその景観はまるでかつて彼が何度も討伐に向かった、妖の巣窟。
「俺自身が妖になっておいて、んなこと思い出すのもどうかと思うけどな……」
自身の思考に突っ込みを入れつつ、青年は当てなく歩いていた。
空気を伝わる世界の感覚は、まだまどろみの中。
数えるほどしか会っていないが、この気配がするときに現れる管理者とかいう輩にでも出会えれば元に戻してもらえるだろうか、と思いつつ、他の連中がいないのは残念だがたまには神社の外を歩くのもいいものだと気ままな散歩を楽しんでいた矢先。
「人間っ! なんでいるのよっ」
不意にかけられたのは少女の声。
声のほうをちらり視線をやれば、宙に浮かんだその姿が見えた。
蝋燭を三本立てておけるように加工された三叉の台にもれなく青い炎を灯し、それを短剣か何かの様に構える相手は、何もない筈の虚空に糸で吊られた少女の人形。
「へえ、雅人形以外にも喋る人形っているんだな」
「何ブツブツ言ってるの! 答えないなら、こうよ!!」
少女は苛立った口調で叫んで、迷いなく青年に向かって全速で向かってくる。
蝋燭台を構えた腕は、空ろにしかし確実に敵意を持って振り上げられている。
「やれやれ、おっかないな」
青年は足を躍らせて、相手の背後へ。
いつ袖から出したのか、首筋に手刀を一閃。
気を失った人形が、力なく地に伏せる。
人形が地に伏せたと同時。青年の背後に殺気が産まれた。
背後には二体の化け物。異形としか例えようのない、黒い魔物。
「っと、あっぶねえな」
勢いをつけて青年は地を蹴り、魔物たちの宙を飛ぶ。
宙から地を見下ろせば、魔物は二種類。一つは小さく、せいぜい猪くらいしかないが、もう一体はそれを無理に大きくしたような姿をしている。大きいほうの鞭のような手と鋭い牙、あれにやられたらまず助かりはすまい。
青年は大きいほうの頭に着地点を決め、踏み台のように後頭を蹴り飛ばす。魔物が倒れるのに逆らわず地に下りて、そのまま小さいのの胴を蹴り飛ばす。
地に着地をしても、息をつかせず。青年の息を止めんとする鎌が二本。
転がるようにして鎌の切っ先を避けた青年の前には、二頭の騎馬。
一方は、妖火のような薄青の体、もう一体は鬣に炎をまとった黒馬。双方ともに良い馬体である。その背には、鎌を持った人影が乗っている。
「……大陸の死神は馬に乗りて刈鎌を振るう、だったっけか」
頬を伝う液体を拭い、青年は前を見据える。
彼の前には、さきほど地に這わせた黒い魔物と嘶く馬にまたがる死神。
黒い魔物達は怒りに吼え、死神達はただただ冷たい視線で青年を見据えている。
先ほどまで退屈極まりないといった風だった赤い瞳が、好戦的につり上がる。
武器、などない。しかし、青年はそれでも構わなかった。
「しばらく実戦なんざやってなかったしな。ちょうど良い」
伏せる青年の口角があがり、足に力が篭ったその瞬間。
魔物達の後ろから、電撃を帯びた球体が青年に向かって飛びこんだ。
「っ…だぁ!」
青年が雷に押されて後ろに転がっていく。
「ってぇ!! 誰だ! 何しやがる!!!」
「人の寝床でぎゃーぎゃー騒いでんな。うっせえんだよ」
魔物と死神を乗せた馬が、弾かれたように道を空ける。
そこにいたのは、金色の髪を後ろに撫で付けるようにしてまとめた男。
足元に漆黒の三叉槍を持った黒い小鬼のようなものを従えて、悠然と歩いてくるその姿は、年の頃は20を数えていないだろう、まだ幼さを残した姿。身にまとうのは、よく冒険者として青年の前に立つ者達の姿に似ているが、良く見ると薄っすら透けている。
「あんた、ルーンミッツガルドの者じゃないな?
第一、人間がここに入ることはまだできないはずだが」
「そもそも俺は何処にも行けないはずなんだけどな」
「面白いことを言うな、あんた」
「あんたじゃねえ、空煉だ」
軽くにらみつけるようにして、青年は相手を見定めていた。
くせっ毛なのか、片方だけ垂らした金髪の下に見える相手の瞳は、冒険者達と同じくきれいな碧。ただの霊体、にしては、気配が違う。
「ふぅん、くうれん、か。で、何故此処にいる?」
「俺が聞きてえよ。
知っていても、自分の名乗りはしないような奴に言う理由はないな」
「そうだな、確かに失礼した」
刹那。青年――空煉の前に銀の閃光が一筋閃いた。
「俺はドッペルゲンガーって呼ばれてる。名前なんか忘れちまった。
ああ、こいつはツヴァイハンダー。俺の相棒だ」
穏やかに、しかし好戦的な笑顔を浮かべて。切っ先を突きつける金髪の声は、どこまでも平静。
「ついでに教えておいてやる。ここはルーンミッツガルドのゲフェンにある大迷宮だ。
俺は一応ここでこいつらの上に立ってる。ボスってやつだな」
「丸腰相手にいきなりかよ、これだから大陸の連中は好かないんだ」
咄嗟に後ろに飛んだ空煉の頬に、赤い筋が一本。
憎まれ口をたたきながら、相手との間合いを計りつつ睨み付ける。
「侵入者を倒す、それが俺の役目でね。
叩き起こされたお礼に嬲り殺すかと思ってたんだが」
笑みが答える。それは、気が変わった、確かにそう聞こえた。
ふと、空煉が足元に目を向ければ、そこには一振りの剣。
「こっちの剣は使い慣れていないだろうが、ないよりいいだろ?」
「ほどほどになされよ、ドッペルゲンガー殿」
黒い小鬼が、やれやれ、と言った風に言って、他の魔物たちを後ろに下げさせている。その動作が、傍に仕えている天狗に重なる。
空煉も軽い微笑を浮かべ。剣に手をかける。
「大陸の剣ってな重いんだなぁ」
「剣を振るうのは鍛え上げた剛の者ってやつだ。その腕で振れるか?」
「お気使いありがとうよ」
剣の質量を確かめるように無造作に振っていただけの空煉の姿が、消えた。
気配が産まれたのは、ドッペルゲンガーの懐。
「ちっ」
ドッペルゲンガーの体躯が横に跳躍する。
同時に、気配がドッペルゲンガーにつき従うようにまとわりつく。
「うぜえ!!」
ツヴァイハンダーを握るドッペルゲンガーの手に力が篭る。
剣が巨大な鈍器のような気をまとい、その気が大地に叩きつけられて、弾ける。
「それ、剣でも出来るのか」
楽しげな声は、ドッペルゲンガーの耳元で聞こえた。
ドッペルゲンガーが後ろを振り向いた刹那。
しかし、切っ先は真横から一筋の線を描く。
「俺だけだけどな!」
完全に死角からの攻撃であったはずの剣閃を切り払い、ドッペルゲンガーが口の中で祝詞をつむぐ。
ドッペルゲンガーの透明な体に、金色がまとわりつく。
「ああ、それは見たことある」
楽しげな声とともに、空煉の足が今までよりも強く地を蹴る。
「神速の祝剣、だっけか?
手数が増えても俺を捕らえられなきゃ意味ないぞ?」
「ぬかせ!!」
祝詞によって速度を増した剣の、その切っ先が届く前に空煉の体が翻る。
「ちょこまかしてんじゃねえよ!!」
「悔しかったら捕らえてみろ」
心底楽しそうに。空煉はわざとらしく切っ先をぎりぎりで避けながら、更に速度を上げていく。
「ちょこまか踊るなよ、怖いのか!?」
「誰が」
空煉の速度が下がった。しかし、その剣は強かにドッペルゲンガーの鎧を破壊する。
「次は腕をもらおうか?」
「その台詞、そのまま返してやろう!」
二本の刀身がありえない速度で打ち合い、虚空に火花が飛び散る。
普段冒険者達が召還する癒しと退魔の聖域や、魔力を固めた偽りの吹雪でもここまでは震えない。それほどに、迷宮内の空気が震えている。
剣がぶつかり合う度に空煉の体にも金色がまとわりつき、一方のドッペルゲンガーは二度目の神速の祝詞をかける。
「祝詞、なんで邪魔しねえんだ」
「邪魔したらつまらないだろう?」
打ち合う間も、憎まれ口は打ち合う前と変わらず二人の間を行き交う。
空煉の剣が揺らめき、不可視の力を乗せた切っ先がドッペルゲンガーに迫る。
が、その刃は、ドッペルゲンガーの手に握られた槍の突きによって相殺された。
「ちっ…ランス壊れちまった」
「随分器用なんだな」
弾かれた剣を一振るい。
「少なくとも、俺の前に立つ奴で剣と槍両方扱う奴なんぞ見たことねえが。
大陸じゃ普通なのか?」
「だろうな。俺も見たことはない」
軽口を叩き合う二人。空煉の着流しは端々が破れ、赤いものがにじんでいる。ドッペルゲンガーの方も装備がボロボロと表現するのが正しい。
深い赤に染まった視線が、ぶつかる。
空煉の刃が、不可視の力で揺らめく。
「同じ手を!!」
「んなわけあるかよ」
揺らめいた刃の向こう、赤く染まった瞳が笑った刹那。
空煉の体を、一筋の竜巻が囲う。
「離れろ!!」
竜巻に巻かれた中から、強かな剣突がドッペルゲンガーを弾くように一撃。
竜巻が消えると、空煉が手にしていたはずの一振りの太刀が、小さな音を立てて地に刺さった。持ち主だった男は、どこにもいない。
「なん、だったんだ?」
夢、だったのか。
遣い手をなくし、地に刺さるその刀身には確かに打ち合いの跡を示す刃こぼれがあった。
「戻されたのか……」
ドッペルゲンガーがぽつりとつぶやくと同時に、刃こぼれした剣が淡い光に包まれ、何事もなかったかのように闇の中できらめく。ふと見れば、粉々に砕けたはずのランスも鎧も、何もなかったように元通りになっている。
世界の気配に気を向ければ、もうすぐまどろみから覚めるといったところか。
ツヴァイハンダーと剣を一振りづつして鞘へ、ついで地に転がるランスを拾い上げる。
「……今日も忙しいな」
足元の小鬼―デビルチと、薄青の死神を従えて。
青年が闇に解けていく。
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静寂を取り戻した神社に、何かが落下した音が響く。
傷だらけの住人たちはしかし、瞬時に戦闘状態を作る。
「…っ、いって…ぇ」
「お、御館!? 大事無いですか!?」
檜床に尻餅をついたように座り込む、慕う人影を認めた住人達は一転して心配の様相で駆け寄る。
「あ……お前ら、ってどうしたその怪我は」
人影――空煉は、部下達の傷に目の色を変えた。
自身の怪我など二の次、決して浅くない傷を負った部下達を労わる。魔に転ずる前から変わらないその姿は、薄闇の住人たちに確かに安堵をもたらした。
「何、お主がいない代わりに客が来ておっただけだ」
薄闇の更に奥、暗がりから金属の重い音がする。
「怨霊、あんたも酷い怪我をしているんだろう。鎧の音がいつもと違うぞ」
「ふん。酷い有様はお互い様だろう」
怨霊のいつもの尊大な口調もそのままだが、しかしいつもは感じない歴戦の将の屈辱がかすかに滲んでいる。
怨霊曰く、ふと気がつくと古めかしい衣装でめかし込んだ蝙蝠を従えた大男と、唐傘のように一つ目に裂けた口の剣が現れ、派手に立ち回って行ったそうだ。
「あともう一歩というところで、瘴気の渦が彼奴らを囲って消えてな。
みな一息ついたところでお主が降ってきたというわけだ」
「疲れているところすまないな。わかりやすかった」
世界の気配は、そろそろ目覚めようとしている。
ふと見れば怪我をした部分が淡い光が集まり、何事もなかったように治っている。
「この体も便利なんだかどうなんだかな……
俺は一寝入りする。お前らも適当に休めよ」
いつもどおり。生あくびをかみ殺して愛刀を抱えて闇に消える影。
転ずる前の習いどおり、その後姿に頭を垂れて見送る部下達。
そっと柱の裏から見守る人影も、誰に気づかれるなく花風にかき消える。いつものように。
もうすぐ、世界が目を覚ます。
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退魔の聖域を踏み抜いて、儚い聖職者を地に這わせる。
何かを呟いていたその躯は、何の感慨もなく掻き消える。
神社に入ってきた冒険者の一団を迎える。
怨霊が振るった一撃にあっけなく倒れていく。
「つまらない」
力あるものが、呟いた言葉。
それは誰が
それは、どちらが呟いたか。
ただ、赤い瞳に染まったその中に。
考えは、交わらず叶わないが、しかし同じ。
「御館様?」
「ドッペルゲンガー殿?」
「なぁ、魔剣」
「のう、皆の衆」
「おい、ドラキュラよ」
それは、二度とないとわかっている。
だからこそ
「もう一度」
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